ストーリー
日本海に面した篠子海岸は鳴き砂の砂浜として有名だ。鳴き砂とは石英質の粒が多く含まれる砂がこすれ合い、歩くとキュッ、キュッと音が鳴る砂のことである。
コロナ禍になる前・・・。海水浴場として賑わう篠子海岸に、お世辞にも綺麗とは言えない昭和レトロ感満載の海の家「はまや」がある。店を経営するのは浜美香莉(糸原舞)。幼くして母親を病気で亡くした後、父親と美香莉が店をやりくりしてきた。弟の真樹斗(鎌苅健太)は父親の生き方や田舎町に対する反発もあって家を飛び出した。父親が亡くなった後、その真樹斗が「はまや」に戻ってきた。
「はまや」には様々な人々が集まってくる。「鳴き砂を守る会」NSMのリーダー田窪睦美(小林美江)。付き合っているのかいないのか阿諏訪卓(谷水力)と葭谷レイカ(佐倉花怜)の噛み合わないカップル。自称WEBライター、バツイチのサーファー湯原奏介(曽世海司)。怪しいサンドアーチストの髭もじゃ男茂出木信男(瀬尾タクヤ)。・・・。それぞれ一癖も二癖もある個性的な面々だ。真樹斗の幼なじみの皆川瑛太(土井一海)は町おこしにも力を注ぐ地元の不動産屋で、「はまや」の先行きにも影響を及ぼす。
「はまや」には古い砂時計がある。昔、真樹斗が小学校の時に父親が手作りでこさえたものだ。それは店にずっと置いてある。澄み渡る海、頬をなぜる風、店も人間関係も何も変わらないこのど田舎の町。それが嫌で町を出た真樹斗はなぜ戻ってきたのか。砂時計は時間を計るものじゃない。時間を忘れるためのものだ。真樹斗が砂時計をひっくり返す度に、町を出ていくことになった理由、都会を去ることになった理由などが少しずつ明かされていく。まるで砂が泣きながら落ちていくように・・・。
ちなみに砂時計の中央の細い部分はこう呼ばれている。蜜蜂のクビレ。
作・演出 堤泰之
実は十年程前から毎年、妻と二人でお伊勢参りへ行っています。名古屋から電車で伊勢市駅へ向い外宮へ、そしてバスに乗って内宮へ、参拝を終わらせた後おかげ横町でお土産を、というのが毎年のルーティーンです。
何年も通っていると、否が応でも町並みの変化に目が行きます。数年前、まず伊勢市駅と駅前広場が新しくなりました。それに伴って駅前から外宮へ続く参道沿いのお店が年々改装されています。ごてごてした看板が目に痛い昔ながらの土産物屋は少なくなり、和風モダンな小洒落た店に生まれ変わっています。そんな中、一際目立つのが「山田館」という大正時代から続く老舗旅館です。何が目につくかというと、なんと外壁がピンクなのです。創業百年以上の老舗にも関わらず、かなり攻めた色使いです。そして木造です。おまけに少し傾いています。もちろん営業はしています。「ここっていつまでこのままなのかなあ・・」というのが私と妻の間で毎年必ず交わされる台詞でした。
そして今年も、コロナ禍が落ち着いた隙をついて伊勢へ行ってきました。すると驚きの事実が・・なんと山田館が外壁を塗り直していたのです。新しいピンクに!
私は感動のあまりその場に立ち尽くし、思わず呟いてしまいました。「すごいぞ、山田館・・まだまだこのまんま行こうとしてやがる・・」どんなに周りがオシャレに生まれ変わろうと関係ありません。街全体にモダンな風が吹きまくろうとなびく気配はありません。なんという自信。なんという攻撃性。私は心に決めました。伊勢参りへ行く体力が続く限り、山田館を応援しようと。山田館参りをしようと。
「蜜蜂のクビレ」は、海水浴場にある海の家が舞台です。そして山田館にインスパイアされた物語なのです。